大森靖子ファンインタビューその11です。
もはや、インディーズレコメンドブログとは。

今回のお相手は、栃木県在住の女性の方。
ちょっとしたインタビュー遠征をカマしたところでしたが、このインタビュー終了後にお土産屋さんであれもこれもオススメしてもらって、お土産を奢ってもらうという稀な体験をさせていただきました。その節はありがとうございます。
あのときのレモン牛乳のチープな嬉しさを忘れちゃいけない。


新生姜ミュージアムでのライブの際、ちょっとしたファン同士の交流会を開催したり、ご自身の経験を生かして大森さんからインスピレーションを受けた洋服を作ったりと、話を聞く限り活動的な一面が印象に残るところですがそこに至るまでのきっかけが面白いところ。

自分の好きなものに対して溢れる野心の部分と、それとは対照的なお茶目な部分、両方の人間味が出てくるようなインタビューになりました。



こ…このみさん
ふ…ふじーよしたか(音楽八分目)

(こんな感じのカッコ内の小さめ文章はインタビュー校正時にこのみさんからいただいた注釈です)



ふ まず話せる範囲でいいので、このみさんがどんな人なのかを教えて下さい。

こ 23歳です。(インタビュー当時)工場でパートをしています。
音楽は、大森さん以外だと戸川純さんが好きです。戸川純さんをきっかけに大森さんを知った感じなんですよ。

ふ おぉー、23歳で戸川純好きっていうのは相当なギャップを感じるんですけど、そもそも戸川さんにはどうやって?

こ ファッションが好きっていうところから全部来ていて。中学生の時にロリータファッションが好きでロリータファッションの女の子が主人公の「下妻物語」という映画にいろんな意味で影響を受けまくっていたんです。その原作者の嶽本野ばらさんという方が80年代サブカルチャーとかに詳しくて、好きで追いかけていたんです。そしたら戸川純の名前が出てきて、試しにYouTubeで聴いてみたんですよ。最初はちょっと気持ち悪かったんですよね。笑

ふ そうそう、正常な判断だと思います。笑

こ でも気になって見ていくうちに、この人ただ気持ち悪いだけの人じゃないって思って。笑
衣装とかのファッションも好きだなって思うものが多くて。

ふ なるほど。そこから大森さんを知っていったところに繋がっていくと思うんですが、そのきっかけっていうのは?

こ 戸川純さんを好きになったのが高校二、三年生の時で、物凄い心が落ちてたんですよ。学校とかもギリギリ卒業させてもらったような感じで。
毎晩YouTubeで戸川さんの動画を漁る、という生活が高校卒業後も数年間続いて。ある頃から関連動画で大森さんの名前とか曲とかをなんとなく目にするようになって、コメント欄に「戸川純と似てる」みたいに書かれてて気になったんです。そのからしばらくしてツーマンライブをやるってことを知って。

ふ ありましたねぇ。新宿LOFT(2013年8月29日)ですね。

こ 行くしかないでしょって思って。笑
戸川純さんのライブには何回も行ってたので。

ふ あ、そうなんですね!じゃあもうライブハウス自体は元々馴染みのあった場所というか。

こ そうですね。あのう、そのとき……ライブハウスに行くことに酔ってたんですよ。笑

ふ はいはい!あるある!笑

こ 高校の時はスカートも折らないで制服を真面目に着てたんです。そういう自分がライブハウスとかいう危ない場所に行ってる!みたいな。

ふ 歌舞伎町を制服の女の子が歩くわけですもんね。笑

こ そういう変な自意識があって、ライブハウスなんか余裕だーみたいな。でも全然余裕じゃないんです!笑
ビクビクしながら行って、それで大森さんを初めて観たんですよ。

ふ そのとき、覚えてます?大森さんの印象とか。

こ 早口だし、この人怒ってるのかな?って思うくらいの勢いで何かを訴えかけてきてるんだけど、なんなのかそのときは分からなくて。
それでもすごい圧倒されて動けなくなっちゃったし、ただ呆然と観続けてるしか出来なくて。
でもなんというか、初めて"全開な人"に出会えたようで気持ち良かったですね。

そのあとの物販は勇気が無くて行けなかったんですけど、amazonで『PINK』とか『魔法が使えないなら』とか手に入れられるものをとにかく買って。いざCDを聴いたら、まぁハマっちゃったんですよ。

ふ ライブの印象と音源の印象ってどうでしたか?
ギャップがある部分もあるのかなって思うんですけども。

こ 聴ける!って思いました。笑

ふ 歌詞カードもあるし。笑

こ なんて言ってるか分かる!って。笑
一曲一曲の世界観を映画みたいに作り込んでいて、どの曲も違う主人公で違うシーンを描いてるみたいでした。
こういう情景を思い描いたことあるなぁとか、本で読んで気持ちを揺さぶられたことがある場面だなぁとか、自分の中にあるものを大森さんの曲の中に見つけて、いいなぁって思ったんです。



~自分をどうにかしたいっていう衝動~


こ 大森さんのことを知ったのは、高校を卒業して二年くらい経ってからなんですよ。空白の二年間があって。
高校を卒業したあと、就職先が東京だったので上京したんですけどその仕事は四ヶ月で辞めちゃって。
下り坂な感じがずっと続いていてどん底まで落ちちゃって。だからせっかく東京にいたんですけど、東京らしいものは何もしたり得たりすることのないまま帰ってきちゃったんですよ。

ふ 仕事で心をやられていっぱいいっぱいみたいな。

こ そうですね。自由な時間も無かったし。
日曜しか休みがなくて、仕事が終わるのが19時くらいだったからそこからどこに行っていいのかも分からず…っていう感じで。
地元に帰ってきてからは2年間ずっとモヤモヤしているようなニートの時期で。やっとバイトを始めるかどうかくらいで大森さんを知って…っていう感じなんです。

ふ ちょうど自分の転換期に大森さんと出会えた感じなんですね。

こ そうかも知れないですね。今振り返ると。

ふ ちなみにこれは答えなくてもいいんですけど、高校のときどん底だったっていうのは…?

こ 高校に通ってなかったようなもんなんです。出席日数を稼ぐためだけに最後の授業だけ行くとか、帰りの会だけ参加するとかで。

ふ 行く気力が無かった。

こ 行くのが嫌で。家に居ても家族にめっちゃ怒られるから行ったフリしてどっかで時間潰したりとかして。でも学校から家に電話来たりしてバレてるんですけどね。笑

ふ 家にも学校にも居場所がないっていうような時期ですかね。

こ そうですね。家でも「なんであいつはあんな病気みたいになってるんだ」みたいな。
元々は結構寛容な家ではあると思うんですけど、それでも拒否反応を示されるくらい(わたしが)荒れてて。

ふ でもやっぱりライブハウスとか、外に出る活力みたいなものはあったんですね。

こ そうですね、無駄に行動力あるよねって言われます。笑
学校帰りにどうしても行きたくて制服のままライブに行っちゃうとか。でもライブに行きたいっていうより、自分をどうにかしたいっていう衝動があったんだと思うんです。

ふ 何かすることによって何か変わるかも知れない。

こ そうですね。そんな感じでした。



~これは全然オッケーなんだ!~


ふ そこから時間が経っていくと大森さんも新譜が次々と出たりしたタイミングになるかと思うんですが、それらを聴いていて大森さんへの印象が変わったりはしました?

こ 私、自分の気持ちがよく分かんなくて…。
ライブ行った後とか、ツイートをエゴサーチして人の感想を見て、「あーそうだったそうだった!」って思って終わりにしちゃうことが多くて。
だから読んだものが、自分の意見なのかその人の意見なのか曖昧になってるところがあるんです。
今ふじーさんの質問に「マジックミラー」のとき今までの印象と違くてびっくりした。って言おうと思ったんですけど、良く考えるとなんかそれ自分の意見じゃなかったかもって。笑

ふ いやいや、ゆっくりでも大丈夫ですから。笑
それじゃあちなみに「マジックミラー」の話にすると、最初に聴いたときって覚えてますか?

こ たぶん逆だったんですよね。私びっくりしなかったんですよ。
今まで歌ってたことと芯は変わってなくて表面に出てきてるものが変わったのかなぁっていう感じで。
メジャーデビューしてから、わたしから見ていて大森さん辛そうだなぁって思ってて。それが「マジックミラー」では無くなって、強くなった!って感じがして。最初に歌ってたことがより強く表にバン!と出てきたのかなっていう納得の仕方でした。
ツイートを読んでてみんながびっくりしてるのを見てそれにびっくりして。それが印象に残ってたのかも。

ふ そう言われればびっくりしたかも!みたいな。笑

こ そうかも!って。笑

ふ でも分かります。エゴサすると塊で感想がきますからね。僕はライブの後あんまりタイムライン見ないようにしてたりします。思うことがあったら自分で呟いてからタイムラインを見るようにしていて。

こ あーそのほうがいい!

ふ 僕も同じような感じで、あぁ確かにそうかも…!みたいになっちゃうので。笑

こ 自分の中で最初に生まれた感想とか気持ちみたいなものをエゴサしてると忘れちゃうんですよ。
だから忘れないようにどっかに吐きだしてから受け取った方がいいですよね。

ふ やっぱり自分なりに思うことはあるわけですよね。でもエゴサをまずしちゃうっていうのはなんなんでしょう。真っ先に共有したいんですかね。

こ 自信が無いのかもしれないですね、自分の感想に。
自分の考えを表に出すのってやってこなかったんですよ。大人になるまで人に任せてて。
エゴサもそうなんですけど、いけないって分かっててもいろんなものに影響されやすくて。そこからゴロゴロゴロ…って。

ふ リスペクトとかそういうものを元に、その人に似せようって思うんですか?

こ その人になりたいって感じになります。

ふ 大森さんにもそれは感じたり?

こ それはないんですよ。似てないんです、大森さんと自分が。
今まで影響を受けてた人は自分の中に似てるところがあるなって思ってたんですけど、大森さんはすごい新鮮なんです。
わたし服が好きなんですけど、YouTubeで「魔法が使えないなら」のMVを見ても、こういうファッションの人周りにいなかったし自分もこういうファッションを好んでしようって思ったことないなぁ…って。
私の中で"可愛い"っていうのが大事なポイントになるんですけど、大森さんと私とでその"可愛い"が違うところにあるんです。

ふ その大森さんを好きになったタイミングって、もうすでに"いろんな人の影響を受けて育ってきてる自分"がいるわけじゃないですか。
自分自身が構築されてきて、これ以上は影響されないだろうなっていうような、自分というものが出来てきた感覚みたいなのはあるんですか。

こ あぁ、そうなのかなぁ…そうかもしれないです。
あの、そうかもしれないってつい言ってしまって兄にも怒られるんです。笑 
「そこはそう"かも"じゃないだろ」って。笑

ふ 大森さんは「マジックミラー」で強くなったっていう話で、俺もそうかもって思っちゃいましたけどね。笑






ふ 例えば最近の話をすると、シングル三連続でリリースがありましたが、どんな印象でした?

こ 「ピンクメトセラ」が出たときがちょうど自分の中の転機で。今いる会社(インタビュー後、別の会社へ転職。現在在職中)は2016年の1月に入ったんですけど、そこから半年くらいずっと辛くて。

ふ 地元戻って働き始めたタイミングですよね。

こ 働き始めたのに、自分でもやっていけるかなって感じでした。
理不尽でキツい上司にダメージを受けててライブに行く元気もなかったんですけど人事異動で上司が変わったんです。自分も引越ししたりしてやっと環境が落ち着いて元気が出て来たところで遠ざかってたライブにまた行き始めたんですよ。
そのタイミングで三ヶ月連続リリース!ってなって。

そのリリース期間中に新生姜ミュージアムでライブがあったんですけど、そこが本当に私の地元なんですよ。小学四年から高二までそこで憂鬱な毎日をすごしてて。
そんな場所に来てくれるってことに、居ても立っても居られなくなってこれは何かしなきゃ!って思ったんですよ。
来てくれたファンの人たちにもせっかくだから栃木市を楽しんでほしいなぁって思って、案内とか出来たらいいのにって妄想してたんです。それが実現出来るチャンスだと思ってツイッターで募集をかけちゃったんですよ。

ふ 遊覧船での集合写真みたいなのを見ましたけど良い写真でしたよね。
どこにでもこういうことやってくれる人っているんだぁって思ってました。

こ 思い込みなんですけど、自分がやらなきゃって思っちゃったんですよ。

ふ ファンの人たちとは元々面識はあったりしたんですか?

こ いや、ほとんどなくて。触れ合いたかったんですけどできなかったんですよ。
今思い出したんですけど、誰からも自分を見つけられたくないと思っていて。まだ見つけられたくないし出会いたくないっていう変なこだわりが自分の中にあって。だからファンの人にも認知されたくないって思っていて。

ふ それはなんでです?

ちゃんとした自分にならなきゃいけないって思っちゃったんですよ。まだなってないから会えない。
ちゃんと自分が堂々と出来る状態にならないと、見せられないって思っちゃって。それでずっと拒否というか…まぁ誰からも別に来ないんですけど自分からはいけないなって。

ふ それなのに、ファンのために何かしなきゃと。

こ それが打ち破られたきっかけが森T展(大森さんファンだけで開催された展示イベント)で。
ファンの人たちの半端じゃないエネルギーを感じちゃったんですよ。
エゴの塊じゃないですか。笑 それをあんなに表に出していいんだ!ってそこで初めて思って。しかも大森さん本人も見に来られて楽しんでいたから、これは全然オッケーなんだ!アリなんだ!って思って、自分も表に出そう!って初めて思ったんです。

あっ、作ったTシャツ今日着て来たんですよ!


ABiaLAHF



高円寺の森T展のあと愛知県の刈谷日劇という映画館で「ワンダフルワールドエンド」の上映に合わせた出張森T展っていうのがやっていてそれに出したんです。その映画のグッズTシャツをリメイクしたやつで。
高校が服を作るところだったんですが暗黒時代だったから授業も全然出ていなくて、ちゃんと作れる自信もないまま終わっちゃったんですよ。だからそれがトラウマで縫い物とかしたくなかったんですけど、あまりにも森T展に力をもらっちゃって作っちゃったんです。

ふ すごい!克服したんじゃないですか。

こ それで微妙に克服したみたいで。
出張森T展の展示が終わった後、作ったは良いけどどこにも着ていけないし…って思っていたら、私の地元の宇都宮ヒカリ座っていう映画館で「ワンダフルワールドエンド」を上映するっていう記事を見て、まさかこんな辺境の地で上映されるはずないと期待してなかった分、私の中の何かが弾けてこれは私が何かしなければならない!ってそこでも思っちゃったんですよ。笑

ふ 最初の森T展のときは出してなかったわけですか?

こ はい、開催されてから知ったので、そもそも(森T展を)やるってことを知らなくて。

ふ そこで「凄い!」ってなって作ったんだ。それで次の出張展には間に合ったんですね。

こ そうなんです。さらに地元でも飾らせてもらって…。大森さんを知ってからすごいエネルギーを貰ってるんです。


69YyyeVj

(このみさんの展示。宇都宮ヒカリ座「ワンダフルワードローブ展」にて)


ふ 自分で何かやりたいって気持ちになるのは、これまでの話を振り返っても大きな出来事ですよね。

こ そうですね。遊覧船とかもそうなんですけど、貰ったエネルギーを行動に移したぞっていう機会がどんどん増えてるんです。それがやっぱりありがたいなぁって。

ふ 展示なんてもはやご自身の表現ですからね。そこまでさせてるってのはもう人生変わったって言ってもいいくらいな。

こ そうかもしれないですね…あっ言っちゃった。笑
でもまだ一度も接触ってやつをやったことがないので、お礼もちゃんと言えてないんです。
(2017.5.13カラオケバスBOXツアーにて初チェキ撮影+プチあいさつすることができました!)





ふ 大森さんのライブを観ていて、印象的だったこととかって何か覚えていますか?

こ 単純に、すごい!って思ったのは、二宮さんの公開プロポーズです。笑

ふ あー!!笑

こ わたしも観てて幸せでした。笑
あと、『絶対少女』ツアーのあたりから縷縷夢兎が気になっていて、そのツアーファイナルに行ったときに会場装飾を東佳苗さんがやってらっしゃって、姿を拝見したんですよ。
それで気付いたんですけど、東さんのこと元々知ってたんです。
KERAっていうロリータ系の雑誌が好きでよく読んでたんですけど、そのスナップで東さんが学生のとき載っていて。服の雰囲気とかで覚えてたんですよ。

ふ えっ、覚えてるもんなんですか!
この人ちょこちょこ出てるなって思うくらいKERAをがっつり読んでたんですか。

こ そうなんですよ!実はKERAに載っていた当時佳苗さんの服装にちょっと拒否反応があったんですよ。結構こってりしていて。
少女をモチーフにしたファッションが流行っていたんです。その界隈の熱が凄くてわたしは付いていけなかったんですけど。でも今その方がプロになってわたしの好きな歌手の仕事に携わってる!っていうのを目の前で見て変な色眼鏡を外して見てみようと思って。
この間は東さん主催のトークショーに行ってきました。するとなんとですね、ゲストの1人に嶽本野ばらさんがいらっしゃって!「全て繋がっちゃうのか〜〜!!」って。笑

ふ 自分の可愛いに対して大森さんの可愛いが新鮮だったっていう話がありましたけど、それがだんだんと寄ってきたんですかね。

こ そうですね。大森さん自身もKERAの表紙を飾っちゃうし、もう私の中で事件が起こりまくってて!
そもそも現在進行形で追っかけられる人っていうのが大森さんが初めてなんですよ。

ふ そうか、戸川さんはちょっと違うんですね。

こ リアルタイムじゃなくて後追いなので。
初めてリアルタイムでこれからの成長を見られる!と思って、それもあって夢中なんですよ。
大森さんってすごい能動的に生きてるイメージなんです。お前の意思で生きてみろって言われてるような感じがあって。
今までは本当に死んだように生きてたんですけど、大森さんのことを追いかけながら、今自分は本当に生きてるんだ!って感じる瞬間がいっぱい増えてきて。
18歳以降の自分っていうのが全く想像できなかったんです。18歳までは学校っていうレールがあるから卒業がゴールとしてそれまでのイメージは出来るんですけど、それ以降全く想像できなくて。だから初めて自分でちゃんと立ってるんだなって思えてるんですよね、今。

ふ 18歳から23歳の今までを振り返ってみるとどうでした?

こ 意外と自分生きてたなっていう。めちゃくちゃなんですけど、一人の人間として……地球にいたんだなぁって思います。笑

ふ 笑

こ 本当にそれくらい自分のことが曖昧だったので。笑



~間違ってたまたま映してしまった大森さん~


こ 今思い出したことなんですけど、わたしの野望があって。 
わたしタレントの篠原ともえさんのことも好きなんですが、篠原さんがデザインしたワンピースの型紙を使って、わたしがワンピースを作って大森さんにあげたいんです。

ふ 篠原さんのは可愛い衣装が多いですよね、何かで見たような…。

こ 知ってましたか? 今はデザイナーとしても活躍されててユーミンさんのツアー衣装を担当したりシノバニ(自身もメンバーであるバニラビーンズとのコラボユニット)のジャケ写衣装も篠原さんが作られたりしてるんです。 
(シノバニ衣装に関しては大森さんもTwitterでかわいい…!と反応されていました)
 
その篠原さんがデザインしたワンピースのソーイング本の型紙を使って作りたくて。
夏用の生地をすでに買ってあって、それでワンピースを絶対作るって決めてるんですけど。 
本当は「オリオン座」の発売に合わせて冬バージョンも作りたかったんです。 
冬バージョンのワンピースを作りたかったのは大森さんに出会う前からで。夜中に犬の散歩をしてると田舎なのでめっちゃ星がきれいに見えて、この夜空みたいなワンピースを作りたい!ってずっと思ってたんです。
篠原さんは宙ガールとして星座にお詳しいし、大森さんも「オリオン座」という曲を出したばかりだったのでそのワンピースが、大好きな大森さんと篠原さんを繋ぐ架け橋になる!しかも自分が作れる!ってすごい嬉しくて。やりたかったんですけど、間に合わなくて…。

そのソーイング本が発売された頃、篠原さんのデビュー20周年密着番組があって。 
わたしがその本のサイン会に行ったときにも撮影が入っていて、インタビューに答えたんです。そうしたら「ワンピースを作っているところを撮らせてくれませんか?」っていう話が来て、やってみたんです。東京のカルチャーを世界に発信するという趣旨の番組で。 
オンエアの映像をみたら、篠原さんの特集にもかかわらず私の部屋の中が大森さんのポスターだらけで、これってあまり良くなくない…?と思いつつもばっちり映ってしまったんですよ。笑 
さらに、番組の後半にちょろっとだけ今キテるアーティスト紹介みたいなコーナーがあるんですが、それに縷縷夢兎の東佳苗さんが出ていて…!
縷縷夢兎の個展の特集だったので、展示されてた大森さん着用の衣装も映っていたりして、何これはいったい…!?っていうすごい繋がりが出来てしまって。  
大好きな篠原ともえさんと、間違ってたまたま映してしまった大森さんと東佳苗さんが同じ番組で合わさっちゃったんですよ。良くないのでは?なんて心配するどころかぜんぶ丸ごと一緒に映っちゃってんじゃん!みたいな。笑
(そのあと 篠原さんと大森さんはラジオ番組で共演されました…!)
それもあってワンピースを作って送りたいなぁって気持ちがより強まってます。



ふ それでは、そろそろ最後の質問になりますが、インタビューをさせていただいた方へ推し曲をお尋ねしていて。

こ パッて思いつくのが二曲あって。
一つは「ハンドメイドホーム」でYouTubeでぐるぐる回るの動画を見て、ガッと掴まれた一曲なんです。
歌ってる姿は危なっかしくてこわいんだけどこれを歌ってほしかった!っていう歌詞なんですよね。すごい可愛くて明るい単語が散りばめられている感じがするんです。




もう一曲は「I Love You」
勝手な想像なんですけど、情景が浮かぶんです。本で読んだことあるなぁ…って思ってたんですけど、嶽本野ばらさんの本でした。笑
処女小説の「ミシン」という作品の中に「世界の終わりという名の雑貨店」っていうお話があって、それが主人公の男の人と女の子が行き場を無くして電車で逃避行するお話なんです。
そのイメージに勝手に重なってすごい好きですね。

ふ 当時の大森さんって、おっしゃっていたように結構危うげなイメージで「パーティドレス」とか「PINK」とかで人の心をかっさらっていくイメージも強かったんですけど、「ハンドメイドホーム」の明るい言葉を"待っていた"というのが新鮮で。

こ ホッとするような日常の幸せな情景も大森さんの色んな曲のなかに入っていると思っていて。「コーヒータイム」とか「お茶碗」とか「歌謡曲」も日常だし…そういう部分も見ていたので、自分の中でのギャップはなかったです。
"手作り"っていうのが自分の中で一番アツいです!頷きたくなりますし、そうありたいなって思います。



こ 嶽本野ばらさん、薬物で捕まっちゃったことがあるんですけど、その後に出した本でカート・コバーンとコートニー・ラブに絡めた話があって。
実話を交えて主人公が薬物で捕まっちゃったときの話が書いてあるんですけど、薬物でボロボロになっているときに主人公が夢を見るんです。
死んで天国に行ったカート・コバーンは白髪頭のおじいちゃん姿になっていて、生きてる頃はグランジといわれる辛そうな音楽に歌っていたのに、その夢の中では道ばたの子供達に向かってカントリーを弾き語りしてるらしいんです。その夢の情景がすごいハッピーな感じで書かれてて。  

その作品は、

"死ぬのは誰でも出来るし面白くないから、
ボロボロになっても笑い転げながら面白く生きていこう" 
 
っていう風に結んであるんです(いま思うとこれって大森さんの旦那さんがプロポーズした時の言葉ではないですか…!)。 
 それがギターを掻きむしる大森さんの姿と重なってみえて。 

ロックスターは27歳で死ぬ説ってあるけど、その先を生きてくれるこの人は希望じゃないか!

(大森さんがこの時まだ27歳で死ぬ説を信じていたとは知らず。笑)目頭が熱くなりました。 
  
 「ハンドメイドホーム」はカントリー調なのかなって思いますし、歌詞も自分で生きてこうねって内容じゃないですか。だから掴まれちゃって。
もともと大森さんに暗いとか怖いっていうイメージがあったからこそこの曲が響くのかも知れないけど、でもあのボロボロで傷付いてそうで荒んでる大森さんの姿が自分とも重なるんですよ。自分もボロボロで納得いかないこといっぱいあるし。
でも毎日は手作りだよねって思ってるんだよ本当は。って自分も言いたかった。
……あれ、でもつい先日ツイッターで「大森さんの曲で"この歌私のこと歌っている"と思ったものはまだ無い」ってつぶやいたばかりなんですよ。笑

ふ どっちなんでしょうね。笑
でもまあどっちのときもあるんだと思いますよ。芯がブレるって言い方もありますけど、自分も変わるじゃないですか。

こ そうかもしれない!あ、また言っちゃった!笑

ふ 笑




インタビューは以上となりますが、もう少しだけ。
後日談的メールをいただいたので、こちらで改めて公開させていただきます。


あとは、本当に大森さんは私のブルーをピンクに塗り替えてくれてるなって最近つくづく思って。というか実際にそうで。

だって新生姜ミュージアムも、バスツアーも湯会も、ぜんぶ私のブルーを置いてきた地でおこなわれているんです。

栃木に引っ越す前はバスツアーのあった群馬県に住んでいたし、上京した時は湯会のあった江戸川区のおとなり葛飾区の金町というところに住んでたんです。当時は、近くに古代の湯があって最寄り駅からシャトルバスが発着してるなんて知りもしなかったけれど…

湯会の日の帰り、こんな機会でもなければもう二度とこの町に降り立つことはないだろう!と思い意識高いTのまま金町巡りをしてきました。するとまさか、もうそこにいるはずのない元会社の先輩とすれ違いました…(その会社は入社5年間見習い、その後独立というシステムでした)二度見してきたのは意識が高いからなのか、顔バレしたからなのか…

もう大森さんにはいろんなブルーをピンクに塗りつぶしてもらった感があるので今度は自分がそれを好きな色に塗り替えて行く番だなーって思っています。

それと、
バスツアーのチェキ会で大森さんと初接触できました…!
新生姜の時に花束を渡していたので、その時の者ですとだけあいさつしました☺️

ワンピースを渡したら必ず報告するので待っていてくださいね。
このみ



l9_HoZxQ