数年前、インディーズバンドに夢中になり始めたあの頃。

今となっては信じられない対バンの組み合わせが、ちっちゃいライブハウスそこかしこで毎日のように開催されていた。
年月が経って思い返すと、すっかり解散してしまったバンドや、メジャーデビューやら大きなフェスへの出演やらどんどん大きくなっていったバンドも多く、そんな人たちをガラガラの会場で見てでひっそりと感動していたものだった。

と、冒頭からいきなり懐古的になってしまったけれど、2015年9月5日、渋谷LUSHにてそんな頃を思い出すような対バンがあったのだ。

渋谷LUSHにて、五組の対バンライブだった。


一番手はH mountains


トリプルギターそれぞれが繰り出す、ひょうきんなリフが合わさっていく感覚がなんとも心地いい。テクニカルでありながらもそれ自体を茶化すような。こんな演奏をするバンドはたぶん見たことがない。

そんなギターのうねりが冒頭に響く「江の島」も聴くことができた。
日光で反射してキラキラ光る海を遠くから眺めているような気分。しかもそれが彼らにかかると、決して爽やかなわけではなくて、うだるような暑さまで感じられてしまうのが音作りの面白いところ。なんだかリアル。

Vo./Gt.の畠山健嗣の声は改めて聴くと少年のような無邪気さを持っていて、楽曲のそこかしこにポップさがチラつく要因を担っているよう。
トリプルファイヤーの楽曲、「スキルアップ」のカバーも披露。歌詞も少し変えていて、言うなればアンサーソングか。
原曲のタイトなアンサンブルはまさに彼らにもぴったりだった。それにしてもメロディがつくだけでも別の曲のように聴こえるのに、前述したトリプルギターのアンサンブルたるや!ちょうどライブ音源があるのでそちらを是非。
元々シンプルな構成なだけに、これはカバーしがいがありそう。なんとこのカバー、レコーディングまで済ませているようで、これは続報に期待したいところ。






続いて登場したのは、壊れかけのテープレコーダーズ
このブログでは以前からPVやシングル、アルバムについての記事を何回か書かせていただいたことがあって、久々のライブに浮き足立つ気持ちだった。

そんな感情の中、一曲目からいきなりシングル「踊り場から、ずっと」
体の芯から沸き立つようなリズムの中、Gt./Vo.のkomoriが終盤のギターソロをがしがしと食らいつくように弾いていた姿が鮮明に残っている。
MCでも触れていたけれど、メンバーの事故によって出演が叶わなかったmothercoatの分、一曲目から手加減なしのロックンロールたるものをぶつけていたように思う。

「go to」「rising sun」など、音源未収録の新曲たちも披露されたのだが、それぞれの楽曲が鳴らす短いフレーズがパズルのように絡み合っていく楽曲群は、これまでの彼らには無かった色のように思えて、とても新鮮であった。そしてやっぱり色褪せない熱量。
進むということ、何かが起こるということ、事柄の一つ一つに対して丁寧に向き合ったポジティブな光景がどの新曲にも宿っていた。





全員でガンと鳴らした音には壊れかけオリジナルと言っていいような圧があって、ノイジーな中に垣間見えるオルガンの神秘的なきらめきにいつも惹かれてしまう。

ソロアルバムを聴いたからなのかどうか、Org./Vo.のyusaがなんだかとても色っぽく、個人的にモノクロだと感じていた壊れかけのカラーに差し色が入ったようだった。
新曲も踏まえて、これからが本当に楽しみ。音源ごとにどんどん変わっていく彼らから目が離せない。



三番目にはハラフロムヘル
タンバリンを片手に歌い踊る、Vo./Key.タテジマヨーコのフリーキーな動きに魅了されながらも、それを支えるリズム隊のどっしりとした安定感にも目が行って終始忙しい。今回の出演者はどのバンドもメンバーそれぞれから目が離せない。ハラフロムヘルはそれが顕著だった。


なによりも間近で聴くボーカルの強さ!これは単純な音量とかそういうわけではなくて、しなやかさを含んだ強靭さ。
「最後にいい感じのをやって帰ります」と、ラフなMCの後に披露された「マトリョーシカさん」がまさに。



音源では2:37。歌い出しに圧倒されてからなお増していく迫力。これは唯一無二の歌声だ。本当に。

友達の友達のお母さんのお母さんのおじいちゃんのおばあちゃんの
全部そんな感じなんだよ


人の繋がりの不思議さ、人がそれぞれ違っていることの不思議さを、『全部そんな感じ』というニュアンスでまるっとまとめる感じが大好き。



続いては、うみのて
ライブ活動休止から再開して久しいが、2ndアルバム「21st CENTURY SOUNDTRACK」の発売辺りからライブを見れてなかった。果たして。

Gt.高野京介の鳴らす音は空間を広げるようなエフェクティブなものだったり、燃えさかる炎のような歪みだったり、もはや魔法使いのよう。
添えられるように打たれるKey./Cho.円庭鈴子のグロッケンは、澄んだ音ながら、その無機質なきらめきがVo./Gt.笹口騒音の意味深な歌に合わさると、世界の終わりを暗示しているみたい。綺麗だからこその不吉さ。
肝心の(?)笹口はサングラスをかけて長渕剛を意識したパフォーマンス。笑
高野のギターに合わせて即興で「乾杯」を披露するなど、相も変わらぬ自由っぷり。

フロア最前のフェンスに乗っかって身を乗り出して歌われた「もはや平和ではない」





笑っていいともやってる限り平和だと思ってた


あの頃は終わるわけがないと思っていた笑っていいとももすっかり終わってしまって、毎日何かしらのデモのニュースがツイッターに流れてくる。何が正しくて何が間違っているのか、もしくはそもそも正しいとはなんなのかが分からなくなってしまっている現状で聴くこの歌は、初めて聴いたときよりも「平和」の意味が深くのしかかってくるようだった。


トリを飾るのはガール椿
広島の4人組バンド。2ndシングル「13分34秒だけの狼」以来、5年振りの新譜、「HAPPY SAD ZERO」「HAPPY SAD」をリリースした彼ら。

この日はそんな彼らのレコ発イベントだったのでした。
ミニアルバムとフルアルバムの同時リリースについて、「一枚に収まりきれなかったので、二枚になりました」
と話していたように、音源のリリースは久しくとも、その空白の活動期間の密度がびしびしと伝わってくるようなライブだった。

緊張と緩和が一曲の中で両立しているような不思議さ。
猫の視点で歌われる「ねこじぇらしー」なんかがまさに。
ギターリフはなんだか可愛らしかったりするのに、ドラムとベースはグルーヴのキープと加速に徹しているような。重機関車が粛々と走る上でギターやボーカルが遊んでいるような感じ。


そして「近未来」はやっぱり名曲だ。

ガール椿のメンバーや大森靖子が出演した映画「トムソーヤーとハックルベリーフィンは死んだ」でも、映画全体でモチーフとして使われていて、そんな楽曲をいざ間近で聴いていると、メンバーがスタジオで練習しているシーンや、娼婦役の妖艶な大森靖子の仕草一つ一つが蘇ってくるよう。



ずっとずっと歌いたかった音楽は
彼女を家族をうんざりさせるよな
そんなものだったのか


悔しさとかもやもやをぶつけるように繰り返される、後半の二拍三連。
なんだか自分まで一緒に不甲斐ない感情になってしまったのだけれど、それはアンコールであっさりとかき消された。

アンコール、「F式もえこ」の終盤、岡村ちゃんリスペクトの「ヘポタイヤ」コール&レスポンス、そしてそのあとのライブハウス全体での合唱を聴いて、「近未来」のときに自分も一緒になって感じてしまった不甲斐なさやもやもやが一気に吹っ飛んでいった。
盛り上がる観客、ガール椿の東京遠征ライブを歓迎して刺激されている対バン陣を見て、広島だろうがどこだろうが関係なく、もはやホームではないか!と思わされた。






バンド活動を継続し続けるということが何よりも地味で難しいことながら、彼ら彼女らが続けていてくれたからこそ、ふとこういう対バンに恵まれるのだ。
仲の良さとバチバチとしたライバル心。それぞれが戦友のような関係性が築かれている組み合わせ。


結局懐古的になってしまったけれど、それぞれのバンドがちゃんと「それぞれの今」を演奏している中、いろいろ環境が変わった「自分の今」と投影させて聴くことによって、同じ曲でも何かが更新されたように思う。この日はそれが一番嬉しかった。音源とその当時の思い出にすがりつくのは勿体無いことなのかも。
今演奏しているのだからこそ、今見に行かなくては。良いバンドはきっとそこで何かを更新してくれるはず。

また近い未来に、同じ対バンが見たいね。もしくは企画させていただきたいなんておこがましくも思ってしまったのだった。