いつも通りのライブだった。

そんな趣旨のツイートが終演後にずらずらとTLに並ぶ。
自分自身のフォローうんぬんの話もあるけれど、そもそもこれってスゴいことだよな。と振り返ってみて気付く。


いつもが確定出来るくらいみんなバンドのことを知っていたということなのだ。

僕は誰かのように通い詰めるなんてことなんて出来なかったけど、誰かと比べること自体がナンセンスだとも分かってる。

今回のライブレポートは、そもそもライブレポートなんて言うほどのものじゃなくて、とても私的な感想文になった。


いろんな感情をありがとう、大森靖子&THEピンクトカレフ。


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会場に集まったのは、冒頭で述べたような「いつもが確定できるみんな」ばかりではなかったような気がする。
様々なフェスに出演を果たし、様々な人の目に留まった結果、瞬く間に完売となった今回の新宿LOFT。
ライブハウスでよく見る人よりも、そうでない人の方が圧倒的に多かった気がする。
MCで大森が「これからもライブ来て下さいね?」ってわざわざ話していたのも頷ける。
そして何よりも驚いたのが、圧倒的な客層の広さ。文字通り老若男女勢ぞろいだったような気がする。




一曲目はアルバム「トカレフ」の始まりと同じ「hayatochiri」
この冒頭の、何かに挑むような覚悟をはらんだギターフレーズがいつも勇気をくれた気がする。

とは言ってもそんなに大それた勇気というわけではなくて、都心の駅で人混みにまみれながらこの曲を再生すると、自然と背筋が伸びるのだった。そういう類の大したことじゃない勇気。
高価なモノを身につけて銀座を歩くように、僕はこの曲を聴いて歌舞伎町のキャッチをくぐり抜けてきた。
でもこんな文章をすでにここまで読んだ人もそんなくらいの勇気欲しいときあるでしょ?







比較的前方の方に居たのだけれど、相当なぎゅうぎゅう詰めにステージもほとんど見えない状態。
そしてひっきりなしに挙げられる右手やら左手にやられて、三曲程で眼鏡を無くしてしまったので、もはや誰々の表情が…みたいな感想は全くない。


そもそもこうやって手がわーって挙がるような客層がこれまで来てたか。
ありきたりな言葉だけど、THEピンクトカレフというバンドの終わりとともに、大森靖子の新たな始まりを見たようだ。あっという間にどんどん違うステージに上っている。




せっかくなので、少しだけ回想しよう。何にも見えないし。


僕が最初に大森靖子&THEピンクトカレフを見たのは、まだ4人編成の頃だった。
大森さんのライブへ足しげく通っていた中、壊れかけのテープレコーダーズや太平洋不知火楽団のライブにもちょこちょこ行っていたし、エジプト文明ズは音源を聴いていた時期。
全て知っている人たちで構成されたバンドメンバーは、学生たちが友達を誘って「バンドやろうぜ!」って言って始めるような、損得感情の無い、ただただ面白そうというワクワク感をひしひしと感じた。

「私のことが好きな人たちだけで組みました」
というようなことを大森さんがどこかで話していたような気がする。



Dr.ウシさんに初めて話しかけたことを今でも覚えている。お疲れさまでしたとか言った後急に、


ふ「大森さんのドラムって難しそうですよね」

ウ「?」

ふ「緩急自在じゃないですか。だからテンポの感じとかどうしてるのかなって…」

ウ「あっ。そういう話?笑 おぉ。しようしよう」



すごい変なメガネのチビガキが来たと思われたに違いない。
慌てて、ジャンルは違うんですけど音楽やってたんです。と言い訳がましい自己紹介をしていた。

彼のドラムはメリハリが本当にハッキリとしている。
温かな人柄をそのまんま表したような、歌に寄り添うようなデリケートな刻みもあれば、「新宿」のようにここぞとばかりにフィルを叩きつけるところもある。



「新宿」と言えば、中野サンプラザでのツアーファイナルの時は、大人の事情で歌いにくい歌い出しの歌詞を変えてオフマイクで叫んでいたけれど、今回のライブではそんな事情も踏まえてか、観客側が率先して「きゃーりーい!ぱみゅーぱみゅ!」と歌いだしていたのが印象的だった。


Gt.高野さんのブログに書いてあったコード変更、最高にカッコいいです。
二小節目でベースラインがぐっと下がるところ、たったそれだけでも特撮とかアニメのオープニングのような雰囲気がぷんぷんします。宿命感。


それを弾いているのがBa.大内ライダーだというだけでもうなんかお腹いっぱいな感覚。

彼の演奏のドライブ感が好きだった。音楽においてのフレーズのチョイスもそうだし、何より体全体で場の雰囲気も含めて一気に高揚させるのは彼ならではの表現力だったように思う。
そうそう、この日の安産御守のコスプレしかり。

千切れたら願いが叶うようなミサンガのように、冒頭のダイブによって数々のファンに触れられて粉々になったその御守りはきっと良いニュースを運んできてくれるに違いない。



高野さんと言えば「歌謡曲」のギターソロが本当に好きすぎて、iPod上でこの曲の再生回数だけ半端じゃないことになっている。
そもそもこの人の作る音色、どれもいいなぁと思わされたのは初めてだった。
「最終公演」のふわーっとしたトレモロだったり、「苺フラッペは溶けていた」の繊細なアルペジオだったり、「Over The Party」のトゲトゲした冒頭のリフだったり。


彼の遍歴から、あこれゲーム音楽っぽい。って思うようなフレーズがとっても好きだった。
「料理長の音楽は豚肉の焼ける音だった」はファイナルファンタジーのようなRPGの飛空挺の曲っぽいし、「歌謡曲」のソロはクロノトリガーっぽい。これ前も書いたな。
Queen「Bohemian Rhapsody」でのブライアン・メイのギターソロを彷彿とさせる泣きのメロディだと思ってます。



あ、歌謡曲とは。あっと言う間に本編ラストじゃないか。
なんにも書いてないじゃないか。



アンコール、「あたし天使の堪忍袋」での後半、大森さん小森さんの二人で向かい合って弾き合ってる姿がとっても好きで、以前二人にそう話したことがあった。

ふ「二人が向かい合ってじゃかじゃか弾きまくってるところあるじゃないですか、あれ…セックスしてるみたいで最高なんですよね!」

大「ははは!いいねそれ!」


めちゃくちゃ恥ずかしながら話したときに、カラっと笑ってくれたのを覚えている。
隣にいらした小森さんもはにかんでいた。と、思う。


ギタリストとして、いや、そもそもロックンローラーとしてこのバンドに君臨していた小森さんはギターヒーローであり、指揮者のような一面も兼ね備えていた。
コンタクトをしっかり取りつつも、自分のソロではギターを観客に掲げて弾き鳴らす。
「最終公演」の沸々と熱を蓄積していくようなギターソロが大好きでした。






結成当時からこの日のアンコールまで演奏されていた「パーティドレス」

初めて聴いたときに弾き語りへのリスペクトというか愛情をひしひしと感じた。
アレンジを担当した小森さんを始め、メンバー全員から送る大森さんへの愛。
それが解散ライブの終盤でも演奏されていたのは、まるで彼女を送り出すかのような結束と愛情が詰まっていた。


アンコールラストとして選曲されたのは「ワンダフルワールドエンド」
古参も新規も合唱厨も一体となり、サビを歌う。
あの歌詞の無い歌は、僕には賛美歌のように聞こえた。

ネロとパトラッシュが教会で息を引き取ったときに天使が舞い降りてきたように、ピンクトカレフというバンドが全ての観客に見送られて、昇華されていったような感覚を覚えた。
それと同時に、自分自身の心の何か、それはピントカが解散するという事実であったりそういう類のもやもやが浄化されていくような感覚。
昇華と浄化。声を一つにすることによって、もうステージも自分の心もまっさらになっていった。



小森さんの「ありがとう。大森靖子&THEピンクトカレフでした」の一言。
この「でした」の重さたるや。

最後のSEとして、加地等「これで終わりにしたい」が流れた。
前方の観客のほとんどは、終わりということについて噛みしめるように、じっと立ちすくんでいた。
曲の終了とともに、さーっと拍手が広がっていったのがとても素敵な景色だった。




終演後、TLに並んだのは「いつも通りだった」という感想。そこには解散にちなんだしみったれた感情はなさそうだった。
ドライとも言えるようなあっさりした終わりから、ちゃっかり明日も生きちゃう強さをもらった。
次の日には、仕事だ学校だなどという日常のツイートが並ぶのを見てそう思ったのだった。

バンドは終わるけど、大森靖子も小森清貴も高野京介も大内ライダーも川畑usi智史も終わらない。
どっかのキャンディーズみたいにトカレフを置いて、普通のバンドマンに戻っていくのだ。



「ワンダフルワールドエンド」でまっさらになっていった自分自身。
そうして改めて白くなった自分に、こんどはどんな日常を塗っていくかだ。大森靖子&THEピンクトカレフの経験を心の隅っこに持ちながら。

この感覚は、「強くてニューゲーム」という言葉が一番しっくり来る。

まぁせっかく強くしていただいたので、ヤダヤダ言いながら明日も生きましょうね。


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