シンガーソングライターとして、「イロメガネ」というソロプロジェクトでご活躍中の東亜優(ひがし あゆ)さん。
昨年の当ブログの企画ライブにも、前身バンド「アユイロメガネ」にて出演をしていただいた縁で、アルバム発売にあたり、インタビューをさせていただく運びとなりました。


2014年6月25日発売のミニアルバム、「お花畑につれてって」
この初の全国流通盤の発売にあたって、イロメガネという音楽について、今作について、そして東亜優という人物について、少しでも掘り起こせたらと思っております。

それでは、早速本編をどうぞ!





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あ…東亜優(イロメガネ) 

イロメガネは東 亜優(ヒガシ アユ)のソロプロジェクト。

幼少期のころよりピアノを習い、3歳の時の父の誕生日に、初めてピアノで作曲をし歌を歌い、プレゼントする。
イジメにより高校を中退、2年間引きこもりの後に大学に進学。そこでも場になじめず一人孤立する日々。
唯一の趣味である音楽に自分の存在意義を感じ、DTMによる音楽制作を気分転換の為に始める。
「イラク・パレスチナ学生会議」における学生映画の主題歌を担当し、自己の世界だけでなく、人々に自分の音楽を伝えることに意義を見つける。
2009年、DTMを同期したライブ活動を開始。8月YAMAHA 3rd music revolution 山野楽器 東京大会特別賞受賞。
その後2010年バンド「イロメガネ」での活動を経て、
2012年7月ソロプロジェクト「アユイロメガネ」を、サポートに中平智也氏(ローザ・パークス)、横山渉氏(2090)、
佐藤一人氏(あっぱ)、金川卓矢氏(ex.ふくろうずサポート、ZIGGY)、
伊藤立氏(ChesterCopperpot、ex.たむらぱんサポート)、Geko氏、石原剛志氏、などを迎え、活動開始。
2014年4月イロメガネに名称を戻し、6/25に初の全国流通版ミニアルバム「お花畑につれてって」をリリース。

ふ…ふじーよしたか(音楽八分目)




ふ  まずはアルバム発売おめでとうございます!

あ  ありがとうございます!

ふ  最初は東亜優さん自身について、次にアルバムについて、音楽についての話が聞ければと思ってます。


あ  はい。

ふ  まずそもそも音楽に触れた、始めたきっかけを教えていただければと思うのですが。


あ  触れたきっかけは、昔父が音楽やってて、よくギターを弾きながら歌ってたんです。
父は私の生まれる少し前から音響の会社をやってるんですけど、自宅が会社兼だったので、機材とか音楽系の環境が周りにありました。
3歳からピアノを習ってたので音楽が流れているのは無意識に耳にしてましたね。


ふ  ピアノでクラシックっぽいのをやりつつ、周りはロックっぽい環境だったんですか?

あ  ん、ロックは何も無かったです。フォークだったから。
クラシックとかポピュラー音楽に触れてたくらいで、別に専門的なことは…ないです。無知ですし。笑


ふ  でも周りには何かしら音楽が流れてる環境だったんですね。

あ  そうだと思います。よくギターを父が弾いて歌ってくれてたのを見て、うたってうたってーって言ってて。
小学校のときに自分もギターにチャレンジしたけど全然弾けなくてダメでした。それからもう高校まで全く触んなくて。


ふ  高校で再び?


あ  軽音楽部で。高一で絶対軽音楽部入ろうって思ってて。でも辞めちゃったので…学校を。行けなくなっちゃったから。それで、初めて一万円くらいのエレキ買って弾いてました。ピアノは中二くらいまでやってたかな。


ふ  ちなみに、今の話とリンクしますが、プロフィール見て初めて知ったんですけど、ひきこもってらっしゃったんですね…?


あ  あーそうなんですよ!アレ、ほんとはわざわざ出さないでいたんだけど、なんかそれが引っかかりになるならいいかなって開き直って。
歌聴いたら分かるじゃないですか。だからいいかなもう言っちゃって。と思って。




~うぁー!みたいのを聴いてうぁー!ってなりながら自転車で疾走してたり~


ふ  辛い話になっちゃうかも知れませんけども、ひきこもってしまったのは、高校を辞めてしまってからだったんですか?


あ  小学校の時もあんまり体が強くなくて、月に何回も熱はずっと出して休みがちではあって。それとはまた別にストレスも感じやすかったみたいで、幼稚園のときも血吐くぐらいな時もあって…。もう幼稚園行くのも毎日やだって泣いてました。
中学ではいじめられてて、学校に行けなくて何回も転校してたんですけど、電車に乗るとお腹痛くなるんです。遠い私立の学校だったんですけど、電車に乗れなくなって、通えなくなっちゃって。

高校でもいじめられちゃって、半年くらいで行けなくなって、留年が決まっちゃったから辞めて、通信で。
でも通信も行けなくなっちゃうときもあって。何年間か外に出られなかった時期もありました。

ふ  そもそも外にも!

あ  お腹痛くなっちゃって…。外食で、こうやって座ってたりしてても、あの人がこっち見てる!とか思ってご飯も食べれませんでした。

ふ  でもひきこもってしまっている間にも音楽には触れてたんですよね。

あ  触れてました。

中三の時に転校した地元の中学で、友達に良くしてもらって、初めてちゃんと通えるようになって。その時の友達がみんな音楽好きだったんです。
その高校のときにみんな、高校で別々にバンド始めて。その友達との繋がりで、わたる(Ba.横山渉)とも高校生の時に繋がっていったっていうのもあるんですけど。
聴いてたのはね、友達が放送委員で、それで流してた曲から入ったな。
blink-182ってパンクバンドと、Weezerと、The Offspringと、Limp Bizkitと、KoЯnと…あのころのパンクです。
邦楽も、くるりとかブランキーにミッシェルとかも聴いてた。あー思い出してきた!懐かしー!


ふ  結構押しの強いバンドばっかりですね。
もしかしてその頃音楽に触れてた経験って、今作のどことなく攻めな姿勢にも繋がってくるのかなって。

あ  確かに。攻撃的だと思います。曲も攻撃的なのが好きなので。


ふ  聴く方でも演奏する方でもですか?


あ  最近はそうでもないんですが、元々ずっと好きでした。うぁー!みたいのを聴いてうぁー!ってなりながら自転車で疾走してたり。そんな中学生でした。痛い子。笑

ふ  何がきっかけで出てこれるようになったんですか?大学には行かれてたんですよね。


あ  時間が経ったから!
通信の高校は週一くらいで通えばいいところだったんだけど、卒業できるまでに、ちょっとずつ通って5,6年かかって高校卒業して。
大学からは普通に行けました。なんでだろ。予備校通って人に慣れたのはあるかな。




~言えないことじゃないと、衝動にならない~


ふ  ひきこもりだとかこういうのもお尋ねするのも、自分で歌詞書いて歌うっていう原点ってどこなのかなと思いまして。いつからそういうことを始めたんですか?

あ  一回3歳のときに父に誕生日の曲を作りました。今も覚えてるんだけど、「パパはすてきーママはこわいー」って。笑
それが初めてで、ピアノ習ってたので適当に弾いたりみたいのはあったけど、作ってはいなくて。
大学一年生のときに引きこもりしてる間、七年間付き合ってた彼氏がいたんですが、その人と別れて会えなくなって。思いの丈を人に言いたいけど、そんなの言えないじゃないですか、相手にも。それでもう、んぁーっ!ってなって。
そのとき、大学の生理学の授業で、思ったことをノートに書きとめるといいって知って、書き溜めて。
音楽をやりたかったのは高校からずっと変わってなかったから、なんとなく曲にしたりしてました。それの結果というか。

ふ  歌詞未満の言葉がノートに溜まっていて、それを歌ってみるかという感じになったと。


あ  そうそう!歌詞未満っていうかね、手紙だった。もう彼に対しての。あのときこうだったのに会えない!とか、ありがとうと思ってるのにありがとうも言えないー!とか、さみしいとか!怖いな。メンヘラか!笑


ふ  「ひとりじゃ」っぽいですね。


あ  そうですね。「ひとりじゃ」もそうです。別れた人に言うのもなんかヤだから自分で消化しようみたいな感じ。


ふ  歌詞を聴いてても、恋愛感がすごい出ているような気がします。


あ  恋愛ばっかりですよね。衝動的になるのは恋愛のほうがなりやすいですし。

その恋愛の衝動と、毎日死にたいとか思ってひきこもってたりしたけど、その死ぬっていうエネルギーを使うのを止めようと思ったときに、生きづらい世の中とか攻撃性をノートに書きためて、自分で行動しないようにしてたのかも。


ふ  自分を制御するアイテムにもなってたんですね、ノートは。歌詞の原点ですね。


あ  ヤバい人みたいになってますね。笑

ふ  歌詞に関して、結構言いたいことを言ってる感じがありますよね。
それこそ寺中さん(寺中イエス 僕のレテパシーズ ex.ひらくドア、井乃頭蓄音団〉のコメントにもありますけれども、「嫌なものは嫌なの」とか。
包み隠していない感じがあるんですけど、今はそもそも歌詞を書こうとして書いてるんですか?
それとも先ほどの話みたいにノートに書き溜めるところから始まるんですか


あ  んー。昔は歌詞を書こうと思ってはいなかったけど。今は書かなきゃと思ってます。


ふ  何か歌詞を書くにあたっての自分なりのルールってあったりしますか?


あ  特に無いです。
でも書きたいと思うときは普段言えないことを言おうと思っていることが多いかもしれません。言えないことじゃないと、衝動にならない。
例えば「ここにきてー!」とか言って返答を求める勇気があったなら、書かないと思います。別にそれだったら書かなくても消化できてるから。


ふ  なるほど、書くことで消化してるんですね!
あゆさんの音楽を言葉で表すときにエモーショナルって言葉が結構使われるじゃないですか。感情的っていうか。その原点が見れた感じがします。
歌い方もそうですよね。歌詞に対してそのまま自然にメロディがのってる感じがして。


あ  すっごい嬉しいですそれ!それ気にしてます。
感情を表す言葉に対してメロディが不自然になっちゃうようだったらそういう風にはつけません。それを一番大事にしてます。
あと、普段言わなそうなことは言わないようにしてる。


ふ  僕、一番最初にイロメガネの音源(1st demo)をジャケ買いして聴いたときに、ツイートしたんですよ、歌詞を聴かせるメロディだなぁって。それをあゆさんが見つけてくれて、「それを気にしてやってるんです、ありがとう!」って書いてくれたのをお気に入りにいれてて。笑
今お話しして下さった、歌詞の感情とメロディの感情のすり合わせが、それに結びつくような感じがしますね。







~本能のままに生きてる、コイツって感じ。笑~


あ  (歌詞が)なんて言っているか分からないものはイヤなんです。価値観なんでしょうけどね。


ふ  あゆさんは日本語に準じてますよね。そう言えば英語の歌詞ってないですよね?


あ  でもね、大学一二年間はずっと英語でしか曲作ってなかったんです。なんかさらけ出すのに抵抗があったんだと思う。あと洋楽しか聴いてなかったから、邦楽コンプレックスみたいなのもあってなんか、ちょっと…。英語かなと。
初めて日本語で作ったのが、「これっぽっち」「フェチシズム」が同時期で。


ふ  え!そうなんですか!それっていつ頃なんですか?


あ  これが大学一年の後半か二年の始めくらい。
初めて試しに作ってみたら、音楽関係の人の目に留まって、あ、日本語で作ればいいんだなと思った。
そのときから、どこに送っても引っかからなかったのに、日本語にするようになってから、すごい引っかかるようになって。

ふ  英語でも送ってたりはしたんですか?


あ  うん。しかも外国にばっか送ってた。はずかしー。笑


ふ  目指せ逆輸入だ。笑


あ  なんか日本の音楽があまり好きじゃなかったんです。でも日本語で作ってみたらそんなことはなかった。

ふ  なんか日本語で書くきっかけはあったんですか?

あ  なんでだっけな。でも日本語で作ったら?って言われたのかも。誰かに言われて、やってみようかなって。


ふ  でもその「これっぽっち」と「フェチシズム」が同じアルバムに入ってるってすごくないですか?


あ、 どっちも入ってる!成長してないんだよ数年!やばい!笑


ふ  いやいや!そういう意味じゃないですよ!笑
昔の曲を今歌うっていうのはどういう感覚なんですか?


あ  たまに疲れます。そんなに激しい思いはもうないなって。今が満たされてるわけではないんですけど。
でも結局やっちゃうと曲に引っ張られてそういう気持ちになって、自分もその頃に戻っちゃうんです。
違和感もありますけどね。私の歳で未だにがうきゃーってやってるのってヤバいかなって思う時もあります、自分で。笑
良い人間になって大人になっていこうとしているのに、引き返されちゃう感じがちょっと。

ふ  でも大切な曲なんだなって感じもしますけどね。この2曲なんか特に。今も歌ってて、こうしてアルバムにも入っちゃうんですし。


あ  大事大事。衝動的なの、自分でも衝動的ですごいなって思うこともあります。コードもめちゃくちゃで、メジャー弾いてマイナー弾いてみたいな。構成もぐちゃぐちゃだけど高揚する。自分の昔の曲とか聴くと、あーどうやって作ったんだろう、すごいなって。
本能のままに生きてる、コイツって感じ。笑







ひとまず前編はここまで。
後編では、イロメガネの音楽について探っていきます。
↓からどうぞー。

【INTERVIEW】 イロメガネ 「お花畑につれてって」 発売にあたって 後編