もはや恒例に近い、videoDTMシリーズの記事。

せっかくだから新作が出来るたびに書いていければとほんのり思う。




ビイドロ
というバンド。

特設サイトのプロフィールからざっくり引用。
2000年に結成し、10年間音楽活動を続けるも活動休止を発表。
しかしこのたび未発表音源集を「またあしたね」というアルバムに収め、4月3日に発売。
先日4月6日にradioDTM主催のイベントにて一夜限りの復活ライブ。


そして自分は残念ながらそのイベントに行けず、せめてものといった気持ちでこの記事を書いている次第。


アルバム「またあしたね」に収録されている中から一曲、MVが完成しているので、今回はそれをご紹介させていただく。


「夜の太陽」






文字通り夜の太陽のように照らされた3人の演奏シーンを主に映した映像であるが、やっぱり注目すべきは間奏とアウトロか。
淡々としたコード進行に乗って淡々と画面に刻まれる歌詞たち。
その縦書きとそのフォントで、歌詞はさながら文学や詩集の一節。

思えばビイドロの歌詞には、どこか文学性を感じさせるものが多い。意味も易しく響きも優しい言葉を用いていて、でもどこか引っかかる言葉たち。トゲがあると表現するほど痛くはないんだけれども、独特な余韻を残す絵本のように、音楽が止まったあともなにかが残るような歌詞。


あきらめの眼差しと書初めの「きぼう」の三文字をいっしょくた煮込んだら出たほら
とても不細工 流線型にはもうなれない
(流線型にはもうなれない)

しかたがないじゃないか 完璧なフォルムを保つためには
まずはしっこから切り落とさなきゃならないんだよ
(このさいやむをえない)




「夜の太陽」のセルフライナーノーツでVo.青柳がこの曲が大学時代の友人に宛てたものであるということを書いている。


君は空に星ひとつないと嘆くけど
夜の太陽は今夜も君を照らしてる

(中略)
一緒に居たはずの誰かもいつもどおり君を照らしてる


夜の太陽のように照らされた3人と書いたけれど、本当にこの3人が夜の太陽の比喩であるような印象を受けた。
真っ暗闇に浮かび上がるビイドロの文字と、その暗闇から照らされる3人。夜の太陽の登場。
穏やかにシーンは進行するが、夜の太陽自身、その存在を誇示するようなギターソロが鳴り出した途端、一気に夜が明ける。


君が見つけなくちゃ 朝も来ない
君にも見せたいよ 夜の太陽



真っ白の中にタイトルが浮かび上がって、完全に朝を迎えたエンディング。夜の太陽である3人は歌詞とともに朝の光に溶けて消える。


誰かが誰かを支えていることは、支えられている本人は意外と知らなかったりするし、もしかしたら支えている人も気付いてないのかも。


どこにも見えないよ 夜の太陽


もちろん完全に想像の中のお話ではあるが、個人的にはお気に入り。


はたまた視点をずらして、ビイドロにとっては、このvideoDTMというプロジェクトや、ひいてはradioDTMというアルバム制作を後押しした存在が、ビイドロを照らしているということを考えると、なんだかもっと深い。

けど、これをやり出すと、鏡を重ねたように美しい連鎖が出来てしまうので、このへんで。
でもそんな連鎖も素敵じゃないかとも思う。