バンドの雰囲気、曲の雰囲気を見事に映像化したPV。

数多くのギャップに彩られたヤーチャイカワールド。
どのカットがお好き?




ヤーチャイカという四人組のバンド。
ロック、プログレ、サイケデリックに童話感やらをエッセンスにしつつ、ポップな方向に昇華しているような印象。

このたびファーストミニアルバム「メルヒェン」が発売したところであるけども、今回はそのミニアルバムの前作である「ただしくはばたけ、鳥たちよ」から「めのう」のPVを取り上げることに。








ギャップの激しいPV。というのが印象に残った。
黒か白か常にはっきりしているような作りになっていて、グレーゾーンのようなふわっとした曖昧な描写が全く無かったと思う。

例えば、
洋物のテーブルがぽつんと置かれている畳の部屋。後ろには襖とカーテン。和と洋が容赦なく混在する部屋が舞台。この違和感に溢れた部屋も一つ。
そこにスローのようにゆったり動くカメラと、対するようにカチカチとシーンが変わる映し方もギャップの一つ。

和モノホラーを思わせる光の使い方と、湿気を感じさせられる質感がなんとも気味悪い。
そんなじめっとした雰囲気に、切れ味のよいリズム隊が光る。これもギャップなのでは。
ありとあらゆるギャップが散りばめられた、この映像の中、疑いだすとどれもこれも対比しているように思えてしまって仕方がない。



中盤、ボーカルの見ている景色を描いたという、間奏部分。雰囲気は一転して、キーボードソロが描かれる。
水に広がる塗料のような色とりどりの世界が繰り広げられる中、この部分がこのPVで唯一色彩がはっきりしているシーンであり、それがまた元の味気ない和室と、元のリフに戻ってきたときのインパクトが強い。

最後のサビでは、ワンフレーズ視点はほとんど一つとなっている。
視点は変わらず、演奏者の立ち位置だけがめくるめく変わっていくのに、曲が滞りなく進行していくのがなんとも独特な違和感。

そして最後の逆再生。怒涛のエンディング。
こういう作りのPVは前例こそあれ、効果的に用いられていると思う。
もともとの音源にも冒頭の逆再生は収録されており、PVとの兼ね合いで初めて意味が分かるというのはある意味斬新であるかも。
きっとあの言葉は見終わったあともリフレインのように印象的な言葉になるのではないだろうか。



このバンドはきっとイントロで雰囲気を作るのが上手い。
次作の「メルヒェン」でもそのタイトル通りのちょっとダークでおどろおどろしいおとぎ話のようなイントロが展開されていたし、この「めのう」に至っては逆再生まで使用している。
なにが始まるか分からない鍵盤とギターの不気味さから解き放たれたときのバンドサウンドが気持ちよい。

プログレ感を感じるのはきっとキーボードの音色と時折入る変拍子で、それらを自然に取り入れているのが特長であると思う。この自然にというのが難しい。
プログレに寄りすぎても、ポップに寄りすぎても、ロックに寄りすぎても、そういう音楽を鳴らしているバンドはあるので、唯一無二のポジションを目指すにはもう一つ個性が無ければならない。

ヤーチャイカの魅力として、難解な歌詞とそれを書き歌いこなすボーカルという存在が一つあると思う。
めのうという言葉を含むあまり聞きなれないワードを、口ずさみやすいメロディに乗せて、独自のポップに消化しているのは、他のバンドには出来ない芸当であるだろう。


冒頭で映像に関してグレーゾーンは無かったというようなことを書いたが、もしかしたらかっちりとした映像やかっちりとしたバンドサウンドの中を飄々と泳ぐように歌っている姿は、一種のグレーゾーン的存在であるかも知れない。

ロックでもなく、ポップでもなく、プログレでもなく、でもある意味そのどれでもあるような。
インディーズ界隈や、ひいては今の音楽シーンでの、このバンドの唯一無二のポジションというのも、どこでもないグレーゾーンのような場所になるのかも。